試される大地から

プログラミングのTipsや人生論、英語学習の話題など綴っていきます。

【仕事論】『やりがいのある仕事』という幻想

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僕が思うに『やりがいのある仕事』というのは幻想なのだと思う。就活でも何でもやたらと【やりがい】というものが強調される。

なんだか、誰もが働くことによって必ずやりがいを持たなければならないかのような風潮だ。就活生は「やりがいのある仕事」を探して就職活動に励んでいるかもしれないが、おそらくほとんどの人間はやりがいを見つけることはできないだろう。

やりがいの正体とは『自己満足』と『思い込み』

僕は元来冷めているところがあって、あまり盲目的に何かに打ち込むことができないのである。おそらくそういったタイプの人間はやりがいを得にくいのだと思う。なぜならば、やりがいとは多くの場合個々人の『自己満足』と『思い込み』に根ざしているからだ。

どんなに簡単な仕事ばかりであったとしても、仕事に満足(すなわち、やりがい)を見出す人もいるし、どんなにステータスの高い職業についていても仕事がつまらないと嘆く人もいる。結局どこに満足できるかでやりがいの有無というものは決まってくる。

自分の仕事が「社会の役に立っている!」と単純に思い込める(自己洗脳できる)タイプも、仕事にやりがいを見出しやすい。個人レベルで社会に大きな貢献ができるわけでもないし、ほとんどの場合単なる思い込みでしかないのだが・・・

スキルの高さは、仕事のやりがい・楽しさに必ずしも影響しない

例えば、『パイロット』『コンサルタント』『プロスポーツ選手』といった職業を思い浮かべてみたときに、多くの人はきっとそうした職業につく人たちを「スゴイ」と称賛することだろう。

「スゴイ」仕事だからきっとやりがいも相当あるに違いないと多くの人は思うかも知れない。でもそれは間違いだ。やりがいと仕事の価値やイメージとはほとんど関係がないのである。

inutomo11.com

結局、仕事でも何でも、結果を出すためには楽しいことばかりであるはずはなく、ほんの一瞬だけの楽しいと思える瞬間のために、楽しくない・あるいは苦痛とも思えるようなトレーニングや勉強に膨大な時間を費やさなければならないものだ。

MLBで偉業を成し遂げたイチローの言葉が一番的を射ているように思う。

そりゃ、僕だって、勉強や野球の練習は嫌いですよ。だれだってそうじゃないですか。つらいし、大抵はつまらないことの繰り返し。でも、僕は子どものころから、目標を持って努力するのが好きなんです。だってその努力が結果として出るのはうれしいじゃないですか

『仕事が楽しくないのは結果を出していないから』というのは暴論もいいところで、高い次元にいけば仕事が楽しくなるとは限らないし、それだけ求められるものが大きいからプレッシャーも大きくなる。人によっては楽しくないと感じても何ら不思議ではない。

以下の記事は、勘違いしたアフィリエイターによる記事である。批判の意味をこめてこの記事に載せておく。

manablog.org

普通の人間は遊ぶように仕事などできない

遊ぶように仕事をしろとか、出来るやつは仕事を楽しんでやっているなどと言う人は多い。自己啓発本も意識高い系の人もそうしたことを平気で言うけれども、普通の人間は遊ぶように仕事など出来ない。

newspicks.com

ホリエモンは以上のような事を言うけれども、それはライブドアという会社を短い間ではあるが成功させ知名度を得て、容易に金を得られる立場だからこそ言えるのである。才能も金もない一般人が金のために仕方なくやる仕事を遊びと同次元で捉えられるはずもない。

〜〜〜

それに、どうやったって仕事と遊びは別のものだ。ゲームして遊んだりマンガを読むときのような楽しさで仕事をできるわけがない。

それに、あえて無理やり仕事を楽しいと思いこむ必要もなければ、仕事を楽しめないからといって自分を責める必要もない。出来る出来ないにかかわらず、仕事をしているときは苦しいもののである。

何かしらの勉強やトレーニングに打ち込むことだって相当キツイと感じるのに、仕事だけがやりがいに満ちて、時には遊ぶように楽しくできる・・・なんていうことはあり得ない。

仕事を遊びが同じ次元で出来る人間はほんの一握りの人間だけであり、努力して到達できるようなものではない。そうした人間は変態の一種なのである。

仕事に「やりがい」を期待しない。

つまり、やりがいを左右するものとは、個々人が満足を見出す「ツボ」や性格・個性に依存するのであって、必ずしも仕事自体の内容によるものではないのである。だから、人によってはどんな仕事でもやりがいを見出す人もいれば、僕のように何をやってもやりがいを感じない人間もいるのだ。

「やりがい」という言葉が独り歩きしすぎて、いろいろな人間が仕事というものに期待しすぎているのだと思う。今も昔も仕事なんて食うためにやるものであり、それ自体に過大な要求をする必要もないのだ。

agent-box.jp

やりがいを感じないというと、やたら上から目線で『やりがいを感じるために〇〇を改善すべき』という論調のWeb記事をよく見るが、別に改善などしなくてもいいと思う。仕事なんて大して面白くもないのだし、努力して面白くしようというのは多くの場合は時間の無駄だし、不毛だと思う

「やりがい」というものが存在するのかは本当に個々人の性格や適性による。人によっては、どんなに追い求めてもやりがいが見つからない可能性だってある。

仕事にやりがいがないと悩むくらいなら、はじめから「金のための作業」と割り切ってしさっさと切り上げ、定時で帰って就業後に自分のやりたいことを楽しむくらいのマインドのほうが人生は上手く回ると思う。仕事を人生のメインとして位置づける必要はない。

『やりがいのある仕事』を探さない方が実はより充実した人生になるのではないだろうか。

「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)

「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。

あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。