試される大地から

プログラミングのTipsや人生論、英語学習の話題など綴っていきます。

TOEICは、英語が苦手な日本人のためにつくられた

TOEICは世界的にはまったく知名度のない試験です

TOEIC900ということを英語学習の究極の到達点のように捉える人が多いのですが、僕はそれは違うと思っています。TOEIC900は終わりではなく、始まりなのです。TOEICが出来るようになることは英語学習の通過点としては必要ですが、決してゴールではありません。

TOEIC900は、野球で言えばルーキーリーグ卒業のようなもの

僕はTOEICを、MLBに例えるなら、シングルAのレベルを卒業した新入りのようなものだと思っています。大相撲で言うなら三段目をクリアして、やっと幕下100枚目に上がってきたぐらいのレベルとでも言うべきでしょうか。

なぜなら、TOEICはスピーキングやライティングのスキルが一切問われないからです。TOEICはあくまで初等レベルの試験です。本当の英語の運用力を試されているわけではないのです。

英語が本当に高いレベルで出来る人は900点台中盤〜後半をとるのが当たり前の試験であり、そのくらいのレベルの人は受ける価値の一切ない試験であることも事実です。

例えば、米英の大学への留学を目指す人であればTOEFLかIELTSになりますし、米国在住のネイティブならばSAT, GRE, GMATのような試験になります。

TOEICの受験者はほとんどが日本人と韓国人

kaisei-eigo.com

日本では年間250万人(2016年度)もの人が受験します。韓国でも年間200万人(2013年時点)が受験しています。

日本と韓国の受験者数合計は実に計450万人となり、実に世界の受験者数700万人の60%以上を日本と韓国で占めている事になります。

TOEICというのは問題作成こそTOEFLを主催しているETSによるものですが、受験者の大半が日本人・韓国人超ドメスティックな試験なのです。

英語力が成長しない日本人

http://www.iibc-global.org/library/default/iibc/press/2018/p098/pdf/Worldwide2017.pdf

そして、日本人と韓国人ではTOEICのスコアで大きく水を開けられているというデータがあります。2017年のデータで、韓国の平均スコアは676、日本は517しかありません。しかもこの差は年々開いてきています。

TOEICが登場して久しいにもかかわらず、日本はTOEICスコアがろくに伸びていないのです。英語学習に対する意識の違いが、英語力の差として出てきてしまっているのです。

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順調に伸びている韓国。日本との差は歴然だ

画像は、以下よりお借りしました。 souspeak.com

TOEICは経産省がつくった

つまり、TOEICはそもそも『英語ができない日本人のために作られた試験』だったのです。TOEFLは難しすぎるから、もっと簡単な試験を作って欲しいとETSにお願いをしたのがきっかけだったようです。そして、TOEICの所管が文科省ではなく、経産省なのも利権の一種なのだそうです。

以下の記事がTOEICという試験ができた経緯を、詳しく説明しています。

agora-web.jp

時は大阪万博の頃、1970年代半ば。当時、“国際化”の中で日本人の英語力に危機感を抱いた通産省と経団連が1970年代に、米ニュージャージー州プリンストンに本部がある世界最大の非営利テスト開発機関、ETS(Educational Testing Service)に働きかけてTOEICを開発。ETSはTOEFLをはじめ、欧米の大学・大学院向けの共通試験やアメリカの公共機関や学校関係のテストの大半を開発・制作している。

(中略)

 知人で当時の経緯を知るアメリカの大学院で働く年配の日本人教官に言わせると、「学術的素養も問われるTOEFLでは当時の日本人に難しすぎた。よって、日本人に合わせた英語力試験を作る必要があり、それがTOEIC。TOEFLを欧米人と同じ土俵で争う硬式テニスとすると、TOEICは体力のない日本人用に生まれた(実際は、ボールの入手のしやすさで生まれた)軟式テニスのようなローカルスポーツ」という。これも“役所の裁量”で生まれた制度なのだ。

TOEICごときで終わるな。もっと上を目指そう

つまり、TOEICスコア800台、900台というのはなんの自慢にもならないということです。。なぜなら、日本と韓国以外の国には殆ど知られていない試験だからです。TOEICは就職や会社内の昇進でも、評価に使われることがあるのですが、こうしたレベルを抜け出していかなければ本当に英語ができることにはならないのです。