試される大地から

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【社畜論】就職してわかる、利根川先生の発言の圧倒的正しさ。

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カイジに出てくる利根川先生のセリフは残酷にも見えるが、的を射ている。社会人になって3年たつが、働くほど、利根川先生の言葉が真理であると気付かされる。

金は命より重い。

実際、働いている理由は他でもない『金』のためである。就職して3年もすれば就活しているときのくだらない幻想は消え失せ、ただ生きるため、金のために働くようになる。

期待に胸を膨らませている新入社員も入社から半年も経つと、『なんかおかしいな』『実は仕事ってつまらない?』とうすうす気づき始める。さらに1年経てば、無事目の死んだ社畜サラリーマンの一丁上がりである。毎年繰り返される様式美である。

会社で働くのは金以外の何物でもない。今手元に金が十分にあったら、会社でくだらない仕事を我慢しながら生きていくなどという選択肢はとらない。

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有名な一コマ。これは誇張でも何でもない事実である。

20台そこらで貯金を1千万得るというのはほとんど不可能である。もしも貯めようと思えば院卒の理系では無理で、文系の学卒が特に給料のいい会社に入った場合でないと実現不可能だろう。

理想的な預金額は『100万 × (働いた年数)』とも言われるが、これだってそんなに簡単なことではない。限りなく生活費を圧縮し、毎月の給料・ボーナスの大部分を預金に回す生活でない限りは無理である。

勝たなきゃ駄目なんだ。負け続けの人生なら誰も相手にしない。

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うまく行っているベンチャー企業の社長や、若くして成功したスポーツ選手。寄ってたかって、まるで人格までもが優れた人間であるかのように皆言われる。

でも、成功しているから人格がすばらしいなどということはないのだ。むしろビジネスで成功している人間は従業員を人を人とも思わないような扱いをするとか、人を搾取することをなんとも思わないサイコパスのほうが多いくらいだろう。成功・失敗だって絶対的なものではなく、めぐり合わせや紙一重の運で別れてしまうことだってある。

勝った人間は、結果もそこに至るまでのプロセスも、すべてが肯定される。存在そのものが祝福される。一方で、負けた人間は努力不足・自己責任として切り捨てられる。競争に勝たなければ一生惨めな思いをすることになる。

俺は社畜になるために生まれてきたんじゃない

自分だって、少しは成功したい。サラリーマンじゃない立場で生きていたい。さもなければ一生サラリーマン生活の上、ひたすら我慢をし、目上の人間に頭を下げるだけの生活を続けなければならない。こんな惨めで残酷なことがあるだろうか?

『俺の人生は間違っても社畜になるためではない』と日々自分にいい聞かせながら生きているが、明るい兆しは見えない。一度くらい勝たなければ、なんのために生きているのかわからない。正直言って、こんな人生ならば生まれたくなかったくらいだ。日々消耗戦を繰り広げた先に、なにか意味はあるだろうか、誰にもわからない。