試される大地から

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【反出生主義】我が子の幸せを願うなら、そもそも子供を作るべきではない

子供を生み出すことを否定する主義がこの世の中に存在する。その名も『反出生主義』という。

これは人生が苦しみに満ちており、この世に存在する限り苦しみから逃れられないとして、人間の出生そのものを否定するものである。僕もこの反出生主義に共感しており、反出生主義者と呼ばれる人間の一人である。なぜ、僕が反出生主義になったのか、そしてなぜ親が子供を作るべきではないと思うのか、その論拠をいくつか示していきたい。

この世に生きる限り、苦しみとは無縁でいられない

この世は苦しみに満ちている。義務教育・受験・就職・出世競争・人間関係・税金・病気・貧困・飢餓・犯罪・戦争 etc、よくもまあこれだけの苦しみと試練を用意できたものだと感心してしまうほどだ。

ちょっと古いが、『N・H・Kにようこそ!』というアニメでは、ニートの主人公佐藤達広に対して、ヒロインの中原岬が人生では9割の出来事が苦しいことなんだという図を示していた。

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つまり、人生において幸福の最大化を是とするならば、この世に子供を作り出すことそのものが否定されるべきものになる。

なぜかといえば、人生とは本質的に苦しむことだからだ。何かの分野を極めようと思えば、勉強なり練習なりを積まなければならない。良いキャリアを得ようと思えば大学に入ってたいして面白くもない講義を聞いて、会社では上司や同僚ともそれなりに上手くやっていかなければならない。病気を避けようと思えば好きな食べ物もいくらかは我慢しなければならないし、栄養バランスも考えなければならない。そして国家の一員として生きている限りは税金を払わなければならない・・・。

これらを何一つ成さずに怠惰な生活に甘んじれば、社会的な居場所を得ることができず、社会不適合者として爪弾きにされてしまう。どう転んでも苦しみからは逃れられない。

『自分の子供はきっと大丈夫』という親もいるが、それらはすべてなんの根拠もない思い込みに過ぎない。将来悪いことが起きないことなど、誰にも保証はできない。未来が未確定なことと、良い未来が待っていることとは全くの別物であり、なんの因果関係もないのである。

所詮、子供は高級なペット、親の自己満足の産物である

寂しさを紛らわすだけなら、犬猫を飼えばいい。子育てがしたいだけなら、養子をとったらいい。なぜパートナーと性行為をして、自らの血を受け継いだ子供を生み出さなくてはならないのか。もちろん犬猫と人間の子供は違うし、養子に出されるような得体の知れない子供など育てたくないという意見はあるだろう。しかし、そこに本質的な違いはあるだろうか。

こういう事を言うと、『子供を残すのが動物としての本能だ』『自分の生きた証を残したい』『結婚できない、子供のいない奴は負け組だ』という意見を当たり前のように言う連中が湧いてくる。そうした人間に対して問いたいのは、本当に自ら考え抜いた末に、子供を作るという選択をしたのかということだ。

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子供をペット感覚でしか見ていない、キラキラネームの数々

いやしくも人間として生まれて、そこらの動物と同程度の生殖行為を達成できたくらいで満足なのだろうか。自分の血を残してみたところで、血筋が長く続いた家系の人間ほどいい思いができるわけでもあるまい。そして、子供は親のマウンティングの道具でも親の所有物でもないということを忘れてはならない。親は、自らの都合と幸せのために、人格と意思を備えた1人の人間をこの世に生み出しているのである

親が子育てや性行為など一時の楽しみを得たいがために、生まれてきた子供はその先の何十年という人生を生きていかなければならないのである。独立するまで子供の面倒を見れば親の責任を果たした、ということにはならないのだ。もし子供が長い年月を経て『生まれて来なければよかった』と言いだしたら、責任のとりようがないではないか

『国のため』『社会保障維持のため』はすべて後付けの理由である

『子供を残すことは日本という国家・社会保障の存続のために必要だ』という意見がある。それはもっともな意見である。しかしながら、カップルが子供を作る時に国のため、日本のためなどと大真面目に考えながら性行為に励んでいるとは思えない。

多くのカップルは、子供がいるのが当たり前だと思ったからだとか、周りが子供を作って幸せそうだったからとか、周りに流されるか自らの幸せのために子供を作ろうと考えたはずである。子供をもつ親がネット上で『国のため』などと言うのは、僕に言わせれば、他者に対してマウントを取りたいがための後付けの理由なのである。

もっと言えば、子供を作らなければ、日本の衰退や社会保障の破綻で苦しむ子供が存在することもないのである。親世代が苦しみを引き受けて我慢すればいいことである。なぜ子供に親世代のツケを払わせようとするのだろうか。社会保障を持ち出すのは、子供を税金を払わせるための金ヅルとして見ている証拠ではないのか。本当に将来世代の未来を思うなら、借金の痛みくらい自ら引き受けるべきではないのか。もし子供を儲けたのだとしても、日本以外の国で子供が幸せに暮らしていけるようにするのでもいいはずだ。

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本当に子供の未来を思うなら、借金を子供の世代に回そうという発想にはならない

良くない形質 (バカ・チビ・ハゲ・不細工・病気 etc)は確実に子供にも遺伝する

バカもチビもハゲも不細工も病気も、すべて子供に遺伝する。親が子供を作ろうとする限り、生まれた子供は親から受け継いだ遺伝子の不出来に悩むことになるのである。その責任を取れる親はどれだけいるだろうか?せいぜい気休めを言って子供を慰める程度のことしかできないはずだ。

もしも親に遺伝子的な欠陥がなかったとしても、油断はできない。生まれた子供にダウン症や四肢欠損、重篤な疾病リスクのあることが判明するケースは後を絶たない。最悪は知的障害をもって生まれてくる可能性もある。重い知的障害を持った人はまともな職につくことは期待できず、自立することもできない。親が一生養うか、施設に入れて費用を負担するしかない。

親が努力する以前に、子供が生まれつきの障害をもって生まれてしまったがために、親・子供の人生ともに破綻してしまうこともあるのだ。

親が自分の叶えられなかった夢を子供に託すのは間違いだ

人は他の動物にはない高い知能を持つとされる。それでも残念ながら、DNAの制約からも自由になっているわけではない。遺伝は子供の出来不出来・性格を決定し、容赦なく社会的・経済的格差を生み出す。もちろん努力すればマシにはなるが、生まれ持った才能の不足を完全に補うほどのものにはならない。努力すれば何でも望みが叶うわけではない。

例えば、子供が勉強できないからと、親が子供をなじるのは間違いだ。そもそも子供の学力を左右する遺伝子も親から受け継いでいるのだから子供は大抵の場合親と同程度の学力にしかならない。不出来な親から勉強の出来る子供が生まれてくるケースは稀である。スポーツ・芸術・音楽にしても同じである。悪いのは子供ではなく、大した取り柄もないのに子供を作った親である。

親の中には、夜にTVを見てガハハと笑っては、子供には勉強しろと平気で言う者が少なくない。親がろくに努力しないでいるのに、子供に努力しろなどと言えるのは面の顔が厚いにも程がある。子供に何かを成し遂げてほしいのなら、親は年齢を言い訳にせず、まずは自らが勉強するなり資格を得るなり、何かを成し遂げられるだけの力量があることを子供に示すべきである。それすら出来ない親の遺伝子をもった子供が、良い成果を挙げられるはずもない。

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東大生を子供にもつ親もまた、高学歴・高年収である

最後に

人生は我慢の連続、試練の連続であり、それを自らの意思と才覚で乗り越えても、乗り越えなくても、最後には死の苦しみが待っている。そして死から逃れることは誰にもできない。血筋を絶やさずにいるということは、子孫代々生きる苦しみから逃れられないということでもあるのだ

以上に述べたことを鑑みて、あなたはそれでも子供を持とうと思えるだろうか?

この世が幸福で満ちていると、心の底から思えるほどおめでたい人間ならむしろ子供を作るべきかもしれない。そうした人間の子供ならきっと、このろくでもない世界と生んでくれた親に対して感謝をしてくれるだろう。もっともそんな人間がどれだけ存在するかは甚だ疑問であるが。

過去にもいろいろな人が、反出生主義に通ずる言葉を残している。

  • 生まれてくるのは誘拐に似ている。そして奴隷として売られるのだ。(アンディー・ウォーホル)

  • この世は涙の谷である (『聖書』)

  • 墓石を叩いて、もう一度生き返りたいかと死者に問えば、彼らは首を横に振るだろう。そして、ソクラテスの意見もこれと同じである。(ショーペンハウアー

  • もし魂が肉体とともに死滅するのであれば、死は一つの救いである。(キケロ

反出生主義の名言より

最後に、この記事を以下の格言で締めくくろうと思う。

赤ん坊を他人に見せ、潜在性のこの災厄を見せびらかしては悦に入る。これはもう理解を絶した狂気の沙汰だ。(シオラン